やらまい勝っちゃん

聖隷浜松病院副院長兼総看護部長 勝原裕美子のブログ

2007年12月

看護部管理室のお疲れ様会

26日は、看護部管理室で仕事をしているメンバー(看護部次長、看護スペシャリスト、クラーク、そして私)で今年の「お疲れ様会」をした。仕事の都合で遅れてくる人はいたが、なんと全員が参加。互いに労をねぎらった。

 「話し尽きず、食べ足りず」

 聞いてみないとわからないことってあるもので、一人一言の「今年の振り返りと来年の抱負」タイムでは、普段一緒に仕事をしている中で見聞きできていること以上に、その人柄と心意気に触れることができた。

● 「私はよく頑固だと言われますが、そんなことはありません。ー中略ー 来年も、私らしさを変えずにがんばりたいと思います」と頑固な姿勢を崩さない人。

●「管理室に異動だと言われたときには、食事がのどに通らなくなると思いました」と、目の前の皿をすべて平らげて、笑いながら話す人。

みんな、それぞれの思いで看護部管理室に入り、それぞれの仕事を通して管理室のメンバーになっていっている。当たり前のことだが、その当たり前を互いに確認できる空間と時間があるのはいいもんだ。 来年もどうぞよろしくお願いします。

まだまだこれから2次会でーす 「まだまだこれから2次会でーす」

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by admin|2007年12月29日 22:19|コメント (2) トラックバック (0)

闘病の長かった患者様

とても長く入院されていた患者さんが亡くなった、というのが朝の第一報だった。

意識の回復が望めなかったその患者さんは、年が明けたら、急性期の当院よりもゆっくり看てもらえる病院への転院が予定されていた。そんな中での、突然の訃報だった。

開口一番、次長の一人が「行きたくなかったんだね。自分で行かないって決めたんだね」と言った。他の次長たちもうなづいた。

ご家族は、毎日のように面会に来られていて、患者さんをお風呂に入れたりするなど大事にケアしてくださっていたと聞く。ご家族にとっても突然のことで、戸惑われたことと思うが、最後にスタッフに対して「お世話になりました」と言ってくださったそうだ。

ずっとケアしてきたスタッフの皆さん、ご苦労様でした。ご冥福をお祈りいたします。

 

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by admin|2007年12月25日 18:11|コメント (0) トラックバック (0)

B8病棟クリスマス会

B8病棟(主に血液内科)のある係長が、数日前にこのブログにぜひ載せてほしいことがあるとメールしてきた。

「クリスマス会をするので私が手と目をかけ、大切にしてきたスタッフたちの姿を、ご覧になっていただければ、うれしいです。」と書かれてある。

行かないわけにはいかない。


案内には、7時からと書かれてあったが、遅れてはいけないと思って15分前に行ったら、サンタやトナカイに扮したキュートな1年目のナースたちが、カンファレンスルームで一生懸命ハンドベルの練習をしていたすごーく素人っぽい音色だが、それが一生懸命な感じでとてもいい。

ハンドベルの猛練習中



7時になったら、病棟のスタッフたちが、患者さんの部屋を回って開始のお知らせをしてまわる。クリーンルーム(註)以外の患者さんのほとんどが病室から出てきた。車いすに乗ってくる人、ベッドのまま移動してくる人、ナースに声をかけられながらおぼつかないけれどもしっかり自分の足で歩いて来る人などさまざまだが、視線は皆、まっすぐデイルームに向けられている。



開会のあいさつ、ボーリング、ビンゴゲーム、フルート演奏、ハンドベル演奏、閉会のあいさつという予定通りの流れの中で幕を閉じた。すっかり見届けたと思った私は、じゃまになってはと思い、先にその場を離れたが、残っていた次長の話によると、その後、自発的に患者さんが「それでは、患者からも御礼の言葉を・・・」といって、感謝の言葉を述べてくださったそうだ。



ペットボトルdeボーリング



クリスマス会を開催したスタッフと、楽しんでくれた患者・家族の皆さんが一緒に作ったクリスマス会になったんだなと嬉しく思ったので、今日のうちにこのブログをアップしちゃいます。でも、今までがんばったけど、写真の載せ方がどうしてもわからないので、ちょっと待ってくださいね)



(註) 空気中には、カビ菌やウィルスなどがたくさんいます。普通の人は抵抗力があるので容易にそれらに感染することはないのですが、化学療法による白血球の減少などによって抵抗力が弱まっている人には大敵です。クリーンルームとは、それらの菌やウィルスを遮断した部屋のことを言います。



追記

ここまで書いて、コンピューターもシャットダウンして、帰るモードになっていたら、B8の課長と係長が「来てくださってありがとうございました」とわざわざ言いに来てくれた。そのときに聞いた話だが、患者さんからお礼のあいさつをいただいた後、さらにハンドベル隊はクリーンルームの前まで行って、部屋から出てこれない患者さんたちのために演奏したそうな。患者さんたちはガラス越しに一生懸命聞いてくれたらしい。それを嬉しそうに語る課長・係長を見送って、やっぱりこれは追記したいと思った次第である。



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by admin|2007年12月21日 20:20|コメント (5) トラックバック (0)

シーツ交換をしました

久しぶりにシーツ交換をした。

当院の定期シーツ交換日は木曜日。各職場からヘルパーさん(ヘルパーさんが出られないときには看護師)が出て、院内のほとんどの病棟のシーツ交換をしてまわる。看護部管理室からも4人の次長が交代でそこに加わり陣頭指揮をとる(私の前任者の畠中さんは、そこにローテーションで加わっていらした)。

次長たちがシーツ交換に入るのは、職場の様子や患者のケア度などが手に取るようにわかるからだという。きちんと管理されている職場なのか、スタッフの表情はどうかなどをわざわざ見たり聞いたりするのではなく、シーツ交換をしながら察知できるという。

ということで、いつか私もと思っていたシーツ交換に、本日編入させてもらったというわけだ。久しぶりのシーツ交換で、朝からそわそわしていたのだが、案の定、私が白衣を着て「シーツ交換に行く」というだけで「くすっ」と笑われたり、「腰痛めないでくださいねえ」と心配されたりと、すっかり新人扱いであった。

でも、新人扱いされる方が気楽なので、ひたすらヘルパーさんの指示通りシーツ交換をしまくった。あっという間に美しくベッドを仕上げるヘルパーさんのわざに感嘆していたら、「焦らず、ゆっくりやってくださいね」と優しく声をかけてもらえて嬉しかった・・・というコメントもやっぱり新人だなあ。

ということで、目の前のベッド作りに必死で、管理の視点で病棟をみる・・・という妙技にまでは行き着けなかったのであった。(少しはみましたが)

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by admin|2007年12月20日 20:09|コメント (2) トラックバック (0)

「マネジメントの探求」

(井部俊子著)2007年、ライフサポート社

このコメントは、「看護実践の科学」20082月号の「書評」欄に掲載予定のものである。 

饒舌ではないし、無口でもない。早口ではないが、遅くもない。でも、非常に特徴的な語りをされるのが著者の井部さんだ。一般的な人よりも思考時間を比較的長くとった後に、装飾語無しで本質的な言葉を繰り出す。強さがあって刺激的な発話だ。なぜ、そのような「言の葉」に至るのかといつも不思議に思っていたが、本書はそれを教えてくれた。

日常的に思考することが習性になっているのだ。

さまざまな現象に出くわしたり、他者との会話場面に位置したりするときに、何が本質的な事なのかをその日常の思考から引っ張り出して照合し、それを新しく思考に付け加えている。そのサイクルが強さを生みだしている。きっとそうなんだ!と本書を読んでそう思った。 「マネジメントの探求」は、そのタイトルどおり、著者がトップマネジャーとして何を探求してきたのか、どのように探求してきたのかが見えるように描かれている。マネジメントを思考するプロセスが実によくわかる。

本書では、著者が聖路加国際病院の看護部長に就任した1993年からそのプロセスを追うことになるが、一話完結の探求実績は実に135話に及び、2004年まで続くことになる。それは、井部俊子のlife historyの一部でもあり、看護界の歴史でもあり、そのときどきの世相を反映するものでもある。1993年に看護師になり、本書が発刊された今年、看護部長職に就いた私にとって、この歴史書は偉大な先輩による手引き書であり、自らのマネジメント思考のよき指南役である。

本書の最大の特徴は、連載の数々が年ごとの括りで巧みに構成されていて、先のような歴史書としての様相を見せていることだと思う。だが、それ以上に注目したいのは、各連載の記述の後に載っている数年経った後の井部さん自身の追記である。連載が書かれた当時の思い出やその後の経過報告が記されていることで、読者は3種類の楽しみ方ができる。つまり、最初は、連載が書かれた当時の著者のマネジメント思考を優れた筆力から純粋に楽しむことができる。次に、連載当時と追記が書かれた時期との隔たりとつながりについて著者の思考の完成度を確認できる。そして、最後に、本書を読んでいる読者自身のと本書を書いた著者との時間と空間の差を確認したり、その差を埋めていく作業ができたりする。だから、読者はこの素晴らしい歴史書を、15年前の話だなどと思わずに読むことができる。

このように書評すると、本書は堅苦しいというイメージを持たれるかもしれないが、まったくそんなことはない。マネジメントを探求するプロセスの中に、涙・笑い・怒り・喜びがたくさん散りばめられており、日本を代表する看護管理者のハートを感じながら読み進められるのだ。

あなたが管理者なら、ぜひ読んでほしい。 

 

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by admin|2007年12月20日 12:23|コメント (4) トラックバック (0)

2つの対照的な研究相談

毎月2回(1回3時間)、誰もが相談に来て良いという「研究相談日」を設けている。相談内容も相談者の経験年数も問わない。一人(あるいは一グループ)30分の枠で、私の院内LANのスケジュールに自由にアポを入れてよいという仕組みだ。

今日は、NICUから2件の相談があった。一つは、カンガルーケア(註1)に引き続き、直接授乳をすることを積極的にすすめていきたいと思うが、このような取り組みが研究にのなりうるのかという相談。もう一つは、気管内チューブ固定方法の変更に伴う効果について、すでにデータをとれているので発表したいという相談だった。

これまで、カンガルーケアー実施に伴う授乳のルーチンは、瓶授乳が先で、その次に直接おっぱいからの授乳という経緯をたどってきたが、この順番性にエビデンスはないという。また、小さいbabyの吸綴力と嚥下能力には不安があるので、35週にならないと授乳を開始していなかったという。その両方の壁を一気に越え、35週に満たなくてもカンガルーケアーをしながら直接授乳の可能性を探っていきたいのだという。先行文献もないとのことなので、何か、新しい発見があるのではないかとわくわくし、相談にきたスタッフと一緒に研究デザインを考えるのはとても楽しかった。

さて、もう一方の、気管内チューブ固定方法の変更に関しても、最初は変更に伴う効果が現れたら非常に興味深い研究になるだろうと思って聞いていた。しかし、詰めて聞いていくうちに、どうやら、変更前に実施していた当院での方法が、すでに他の病院では行われておらず、「ええ??聖隷浜松病院ってそんなケアをやっているの」と言われかねない方法だとういうことがわかった。(彼女たちの名誉のために書いておくが、その方法をとっていたからといって、患者に危害があったとか、不安を与えていたとかというものではない)。それがわかって、この研究はすぐに却下した。

自分たちが、他の病院を見学したり学会に行ったりして新しい知見を学んだとき、それがよさそうだということで自職場に導入した後には、以前のやり方と比べてどうだったのかを評価することは大事だ。しかし、他がすでにやっていることを当院で始めたからといって、その経過や効果を発表しても何ら新しい知見が提案されるわけではない。学会というところは、たとえ5mmでもいいから全国に先駆けて明らかになったことや、示唆を与えられるような報告を行うところだ。そう説明すると、みんなちょっと残念そうな顔をしたが、すぐに納得してくれた。嬉しかったのは、「じゃあ、もっと他に、現場の中から研究の材料を探してきます」とすぐに前向きになってくれたこと。

すぐに次に向き合える。だから、聖隷浜松病院の看護は強い。

 註1 カンガルーケア・・・特にNICUなどで、お母さんの裸の胸に赤ちゃんを抱っこさせる保育方法。今では普通分娩で生まれた母子にも用いられている。母子間の愛着形成や、児の心拍安定などの効果がみられている。カンガルーのお母さんとその袋に入った子を連想さえるので、この名前がついた。

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by admin|2007年12月19日 17:17|コメント (0) トラックバック (0)

ばたばたした一日

昨夜は遅くまで労働組合との交渉の席に出ていた。組合側の要求に対して今日の5時までに回答しなければならなくなった。事務長を中心に総務課長が主に対応しているが、看護部でもできることは準備しておこうと思い、朝から次長たちに事情を説明、指示を出し、ばたばたした。

そのばたばたしているときに、アルバイトの学生から「麻疹が出たから大学は休校になったのだが、聖隷浜松病院へのバイトには来てもよいのか?」という問い合わせがあった。クラークさんに急ぎ事実関係を確認してもらい、1月3日まではバイト中止に決めた。年末年始、バイトの力を頼っていた部分もあったので、現場はたいへんになるだろうなあと思うが、安全優先。仕方がない。

そうこうしながら、4月からの新体制に必要な看護師数の算定をしたり、キャリア上の悩みを持つ看護師と面接をしたりした。これらに限らず、その他にもばたばたの要因はいくつか絡み合うわけだが、えらく人の出入りの多い午前中だった。

しかし、考えてみれば、ばたばたしているのはいつものこと。今日だけ特別にばたばたしたわけではない。

ばたばたを振り切って、午後は静岡県西部総看護師長会の総会・研修会に出向く。次年度は当院も当番病院になるため、申し送りを受けるために1時間早く集合。旧役員も新役員もみんなランチを食べてきたようで、喫茶店で私だけが「カレーライス」を注文。ぱくつきながらの打ち合わせ。ちょっと恥ずかしかったが空腹には変えられない。庶務の役を引き受けた。

この会の事業は年1回の研修だということだが、せっかくすばらしいネットワークを築けるチャンスなので、もっと能動的になにかできたらいいと思う。

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by admin|2007年12月18日 23:51|コメント (2) トラックバック (0)

看護師のセカンドキャリア

聖隷事業団本部で、2ヶ月に1度くらいのペースで、看護責任者会というのが行われている。事業団本部人事部、事業団内5病院の看護部長、高齢者公益事業部、在宅サービス部、関連法人病院の看護部長たちが集まり、看護に関連する事業団内の情報共有をはかり、事業団としの方向性を決めていく会議だ。

今日は、次年度の採用活動に関することとと、看護師のセカンドキャリアに関することがメイントピックスだった。どちらも、今後さらに煮詰めていく課題だが、特に、後者はこれからの新しいテーマとして定期的に話し合われることになった。

「看護師のキャリア論」という本をかいているとき、看護師の中高年のキャリアに関する研究がこれからの重要なトピックスだと感じていた。

まさに、これから現場でそのことに向き合い、斬新かつ納得性のある計画を立てて行かなくてはならない。中高年の多くは、何にも代え難い経験を持っている。長く組織にいるから、組織内のさまざまな部署や人を知っていて、組織文化も大事にしてくれる。そういう貴重な存在がさらにイキイキと働くことのできる環境を作っていく仕事は夢があって楽しみだ。

 

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by admin|2007年12月17日 21:20|コメント (6) トラックバック (0)

医局の忘年会

昨日、医局の忘年会にお招きいただいた。

広ーい座敷に、何列ものお膳が数十メートル並ぶ様は、修学旅行以来の圧巻。私の席は、OBの開業医の先生(かつて当院で勤めておられ、後に開業された先生)方がお座りになる真ん中の最前列近くに用意してくださっていた。最初は落ち着かなく一人緊張していたが、皆さんが話しかけてくださり、すぐに場になじませていただいた。

研修医の出し物は趣向タップリ。漫才、踊り、歌・・・。衣装も凝っている。「勉強よりも、こんなことばかりやってるんじゃないの?」と言う某先生も、実に楽しそう。私としては、普段お名前はよく耳にしていても、実際お目にかかったことのない先生がたに実際にお話をさせていただくよい機会だった。
今月で退職されるという麻酔科の先生。10年以上勤めてくださったということだが、皆さんの前で、「一言で言えば、とても楽しかった」と締めくくられたのが印象的だった。

ビンゴゲームは最後まで当たらなかったが、当たらなかった人にも漏れなくいただけるというプレゼントの山の中から程よい大きさのものを選んだら、皮のベルトが入っておりました。

二次会の大カラオケ大会にも参加。忘年会シーズンでなかなかタクシーがつかまらず、夜風にあたりエスコート付で家路についたのでした。(途中で、タクシーは拾いましたが)

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by admin|2007年12月15日 21:23|コメント (0) トラックバック (0)

平成20年1月の予定

2008年1月の予定 

10日(木)つくばメディカルセンター 「看護倫理」

20日(日)愛知県看護管理研究会講演

26日(土)宮崎県看護協会セカンドレベル

30日(水)兵庫県立病院専門認定看護研修

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by admin|2007年12月13日 22:17|コメント (0) トラックバック (0)

教え子の当院見学ツアー

かつての教え子が、同僚のナースと一緒に当院の見学にきた。「看護探しの旅 in静岡」と称したこの見学ツアーは、「看護って何だろう」「なぜ自分のしたい看護ができないんだろう」「支援してくれない組織をどう変えたらいいか」といったことがテーマだと言っていた。

Rさんは、学生時代から好奇心旺盛で元気のいいのが特徴だったが、4年目になってもちっとも変わっていない。2日間の見学の初日は、課長・係長研修に一緒参加し、次長たちと昼食を共にし、委員会にも出てもらった。2日目の今日は、終日病棟で「看護探し」をしてもらった。

目をぎらぎらして二人が戻ってきた。「二日間で、なんと答えがみつかりました!という。私が問いかけるのも待たず、「いつも、上の人や周囲に対して、やらせてもらえないとか、できないとか言ってきたけど、したいことがあるんだったら、自分たちがどんどんしていけばいいんだってわかったんです」という。出会った課長や係長たちが、異口同音に「患者さんの方を向いていれば、何をすべきかに迷うことはない」というメッセージを投げかけてきくれたらしい。そして、現場の看護師たちが自然に生き生きと看護を展開している姿から、当院の看護と看護管理を感じ、いっぱい刺激を受けたという。誇らしく、うれしいことだ。

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by admin|2007年12月13日 22:08|コメント (2) トラックバック (0)

「エミーとレニー 2匹のねずみのお話」

(デービット・ハチェンス著、伊藤武志訳)日本能率協会マネジメントセンター 2001年

レミングというネズミ科の哺乳類がいる。何年かに一度異常繁殖し、周辺の食料を食べ尽くして後は海や湖に向かって移動し、飛び込んで集団自殺するらしい。本書に登場するレミングのエミーは、みんながそうしてるからっていう理由だけで、なぜ何も考えずに同じ行動をとろうとするのだろうか?と疑問を持つ。疑問を持つこと自体をおかしいというレミングもいる中で、彼女は一大決心をする・・・というストーリー。

 組織における個人の行動を考えるための教材用の本だが、よくできている。

(2007年12月8日)

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by admin|2007年12月13日 21:26|コメント (0) トラックバック (0)

「誠実であるということ」

(ヒュー・プリイサー著、袰岩ナオミ訳)VOICE、2004年

数年前、研究者をしていた頃、学生が卒業論文で「誠意」についての研究をしたいといってきた。そのときに、誠実とか誠意に関する本を大量に購入した。本書は、当時読みきれずにいた本の中の一冊。

著者が自らの経験や思考から編み出した言葉のつながりが、詩でもありエッセイにもなっている。

一番すてきだと思った箇所を抜き書きしよう。

「フットボールというスポーツは、小学校でかじった程度の僕だが、高校三年の時、それにあらためて挑戦しようと思い立った。理由は一つ。新しくきたフットボールのコーチが気に入ったことと、ともすれば半身不随にさえなり得る危険な「接触スポーツ」への恐怖を克服したかったのだ。この新しいコーチが僕に寄せる信頼は、僕の事故迅雷をはるかに上回っていると気づくのに時間はかからなかった。彼に日々追い立てられ、変身してゆくサマは自分でも奇跡的といえるほどで、一軍に入ったばかりか、優秀選手にさえ選ばれた。このコーチは、僕の能力を見抜いてそれ以下の出来では決して許さなかった。大学に入り、そこでもフットボールをやったが、そこの監督はクールで淡々としていた。僕の恐怖心はよみがえり、いつしかフットボールそのものもやめていしまった。僕は尊重されることの偉大さを体験したけれど、自分で自分を信じる、その力の方はまだ体得できていなかったようだ。」(p.35)

いつの頃からだろう。自分で自分を信じられるようになったのは。希望の大学に受かったとき?20歳で3週間の海外一人旅をしたとき?企業に就職して順調に昇格したとき?看護大学に行き直そうと思える自分に気づいたとき?教育職に就きながら学生に育ててもらっている自分を感じていたとき?そして今?

すごく昔のことだったような気もするが、最近やっとそうなった気もする。ただ、たしかに言えるのは、自分で自分を信じられるように、家族、友人、仕事の仲間などみーんなが支えてくれているということ。

(2007年12月11日)

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by admin|2007年12月13日 20:41|コメント (0) トラックバック (0)

「ケアの複雑性:ケアを再考する」

(シオバン・ネルソン、スザンヌ・ゴードン著、井部俊子監修、阿部里美訳)エルゼビア・ジャパン 2007年

看護者が自分たちの仕事の重要性をきちんと説明できていないことや、看護者の仕事が美徳や優しさだけで語られてしまうことへの警鐘がガンガンと鳴らされている。たとえば、「基本的なケアの重要性を説明できないと、2つの点で問題が生じてきます。ー中略ー看護師に求められる知識や技術を教えることはできず、看護師もその価値を理解できないことになります。ー中略ーさらに重要なことは、コスト削減をするために、看護師に直接ケアをさせず、代わりにもっと安く使えて、あまり知識や技術のない人にケアを任せようとする、ヘルスケアの政策担当者に発言もできなくなることです。」(p.189)

こういった意見に基本的に賛成である。看護者が看護の専門性が何なのかを説明し理解してもらえなければ、後に続く人たちを育てられないし、国民の理解も得られない。もっと看護が理解されるためには、看護を見えるようにするおkとは大切であると、今まで何度となく伝えてきた。

しかし、本書の内容は主張が強すぎて、少し食傷気味の感じもする。これくらい強く主張しないと目が覚めない看護者への強いメッセージであり、そこには看護師への強い愛情があることは十二分に承知しつつ。

 

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by admin|2007年12月13日 20:23|コメント (0) トラックバック (0)