やらまい勝っちゃん

聖隷浜松病院副院長兼総看護部長 勝原裕美子のブログ

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看護理論について考える

今日の看護部課長会で、
教育委員会から、
集合研修に組み込まれている看護理論の見直しが提案された。

当院がこれまで大事にしてきたのは、
主にナイチンゲールとオレムのセルフケア理論。
この2つが土台となって聖隷浜松病院の看護を作り上げてきたといっても過言ではない。

今、看護界にはたくさんの理論があり、
今の学生たちは、基礎教育の中でさまざまな理論を学んできている。
当院の看護部研修においても、
新たな諸理論をどのように「研修」として組み込んでいくのかが、当然課題となる。

ある課長からは、
「看護を自分たちの哲学にしていく」という観点から理論を考えたい、という意見が出された。
理論に振り回されるのではなく、
理論を自分たちの力に変えていこうという
新しい動きが感じられた議題だった。

by admin|2010年02月08日 19:35

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コメント

貝久保浩子様
率直な感想と意見、読ませていただきました。
貝久保さんをはじめとする、こういう思いの人たちが聖隷浜松病院看護部の中心となっていることを嬉しく思います。

by 勝原裕美子|2010年02月15日 19:33

サイボウズではなく、自宅のパソコンで改めてこの事について振り返り、素直に自分の中でのこだわりを感じる事ができました。

ずっと、ずっと、この問題について考えています。
(きっと、しばらく考えるべき事なんだと思っています)

オレム理論の研修後
「集合研修での学びを職場でどう活用しているか?」
と素朴に問いた時の結果は、あまりにも反応がなく、愕然としたものがありました。
委員会でも真剣に討議をしてきたし、私たちなりに「どうやったら集合研修での学びが実践と繋がるのか」と苦悩して、効果的なプレゼンにも取り組んできた分、負い目もありました。

でも、今回の課長会で投じた時に、それぞれの課長が大事にしてきた研修なのだという事がわかったのと、その大事な研修の一部に携わらせてもらっていたのだという喜びを感じる事ができたのは、私としては大きな収穫でした。

「なぜ、職場に戻って活用できないのか?」という部分だけを考え過ぎた時に、もしかして「願い」よりも「結果や反応」を急ぎすぎたのかもしれません。

なにを願ったか、私が何を願っているか。
私はどうやって看護の実践とナイチンゲールやオレムを結び付けてきたのか。

私は「これが看護理論よ」とは教えてもらっていませんでした。日々の中で「あれ?何で?」と感じて「こうしたい」と取り組む時に「それをする事をナイチンゲールはこう言っているよね」と解説してくれる先輩が傍にいて、「私たちはこれを看護にする中でナイチンゲールが見えるのよ。自分たちの気づきを看護にしましょう。」と教えてもらいました。
今でも現場で「衰え」や「毒され」に視点を向ける事から看護が始まります。そして看護をする中で回復過程を視る事・実感する事ができます。

私は「看護ができる事・なすべき事」を見出す事ができるNsになって欲しい。
理論を使いこなせるNsになってほしいわけではないです。
理論に振り回されるようなつもりもない。

でも、そう伝わる伝え方になった事は委員会として真摯に振り返って、今後の伝え方に活かせればと思います。

答えは現場にある。
人に関わる事の楽しさを教えてもらった私がなすべき事は、関わろうとしているスタッフの後押しをしながら、その看護師のなす事を看護にする時に理論が使えたらと感じます。
その火を絶やさず継承できるように引き継ぐ責任もあると感じます。

研修のあり方については、今後の委員会でも検討される事でしょう。
今年度で教育委員会からは離れますが、私なりの意見を持ち、伝える事ができるように、しばらく考えたいし、課長たちとも意見交換したいなと思います。
話さなきゃ。話すんです。まず。

by 貝久保浩子|2010年02月14日 23:12

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