ツイッターしてれば
昨日のブログで懸念していた第2号議案は、
本日(9日)、緊急動議が認められ、優先議案として再投票となりました。
その結果、日本看護協会が提案した新たな定款が承認されました。
議事進行における不手際があったことは事実です。
しかし、日本の看護の行く末を思うとき、
正当な手続きの一つである緊急動議のもとで、代議員の皆さんが下された新たな意思決定は
きわめて尊重すべき結果だと思います。
もしも私がツイッターをしていれば、
会場での時々刻々をお伝えできたのにと思います。
それほど、誰かとシェアしたくなるような、まれにみる目が離せない総会でした。
代議員の役割は大きい。
それを、あらためて知らしめた総会だったとも思います。
看護部のトップとしては、今後代議員を送り出すときの気構えを、
これまで以上に、きちんと示さばならないと思いました。
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コメント
ご無沙汰しております。
看護協会総会参加、お疲れ様でした。
あの場に私も同席しておりました。
あまりにもエキサイティングなため、一緒に参加したメンバーと、いつも以上に盛り上がりました!
意見交換の方法は、筆談ボードを使い、twitterアナログ版を手にしたような感じでした!
(内緒話を伝えるよりも、多くの情報を共有できたのです)
ちなみに、今回、参加の叶わなかったメンバーも多く、共有するためにtwitterへログオン
しようと思いましたものの…。
携帯電話からのログオンができず…泣きをみました。
勝原先生も同じことを考えられていたこと…ブログを拝見し、嬉しくなりました。
ちなみに、今回の総会参加を通じ、若い世代から見えてきたこととして…、
1.看護界における問題は、看護職個々の問題でもあると、各自、意識すること
2.看護職個々の問題を他へ投げるのみならず、今、置かれている現状において、無理ない範囲から、
どういう活動をすれば、良い方向へ向かうのかを個々の責任として心に留め、遂行すること
3.ないものねだりからは、何も産まれないこと…
マイナスなことからプラスを産み出すようなアクションをためらわずに起こしていくこと
(→私たちは、今の繋がりを大切に継続し、未来へ備えることとしました)
4.総会の場においては、常に『未来』を念頭へ置き、過去よりも、未来へのエネルギーを多めに注ぐこと
5.看護職も1人の人間であり、万能ではないこと…
いつかは病み、そして命を終える患者さんと同じ身体をもつ者として、今、この瞬間に病み・
命を終えようとされている方々の身になり、自分のことのように内省し、ケアへあたれること
6.今、この瞬間にも現場において頑張っている看護職があまたいること…
それを念頭に置き、頑張っている看護職を想いながら、皆さまのためにできることは何かを考えられること
等々、とにかくたくさんのことを語り合いました。
それだけに、時代を変えうる内容について、話されていたのだと思いました。
これはある意味、歴史の瞬間であり、その場に立ち会えたことは、稀に見る貴重な経験となりました。
昨年、同じく横浜において開催された看護研究学会の際、
シオバン・ネルソン氏は、
『看護の歴史において、その時代に生きる看護職の役割は、歴史の目撃者であること。
鍵となる出来事、瞬間、歴史的変遷の目撃者でいる義務がある。』
と、おっしゃっていました。
これまでにも、ICN大会等、世界の場において、歴史的瞬間に立ち会わせていただいて
おりましたものの、今回は、日本おいて同様の経験をできたこと、感謝しています。
あの場を目撃し、語り継ぐこと…これは、私達の世代に課せられた使命のようなものと感じております。
また、昨年度の活動報告において、『日本からの学生大会参加3名』に含まれたことも光栄でした。
来年のCNRマルタ、是非、浜病の若い世代の皆さまともご一緒したく思います。
そして…今回の総会において、最も感動したことは、高嶋妙子先生引退のご挨拶でありました。
高嶋先生のご活躍、そのご経験より編み出された含蓄あるお言葉とオーラ…今回の総会における
もう1つの歴史的瞬間であったと感じております。
卒業以来、聖隷からは離れておりますものの、看護の基本は常に聖隷にあります。
母校の聖句である
『自分のようにあなたの隣人を愛しなさい』
は、まさに、上へ導き出した5.や6.に値し、今を生きる看護職達の意識を保つ、変えるための
きっかけになるのでは?とも、語っておりました。
長々、失礼致しました。
by くりはら|2010年06月11日 01:00